東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1088号 判決 1982年9月30日
原告
水野文幸
ほか一名
被告
永山尚司
主文
一 被告は原告らに対し、各金二二万九三四五円及びこれに対する昭和五六年九月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の各負担とする。
四 この判決一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、各金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五六年九月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
昭和五五年七月二六日午前六時二五分ころ、千葉県市川市塩焼二丁目七番一三号先路上において、訴外水野毅(以下、亡毅という。)運転の自動二輪車(登録番号習志野み一六七一号、以下、被害車両という。)と被告運転の普通乗用自動車(登録番号足立五七せ五四九五号、以下、加害車両という。)が出合い頭の衝突をし、亡毅が死亡した(以下、本件事故という。)。
2 責任原因
被告は、本件加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条により損害賠償責任を負う。
3 損害
(一) 葬儀費 各金三五万円
(二) 慰藉料 各金六五〇万円
(三) 亡毅の逸失利益 金三五七九万二九四〇円
(1) 就労可能年数 四二年間(二五歳から六七歳まで)
(2) 年収 金四一〇万八七〇〇円(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の大卒男子全年齢平均給与額)
(3) 生活費控除率 五割
(4) 中間利息控除 年五分の割合によるライプニツツ式
(5) 計算式
4,108,7×(1-0.5)×17,423=35,792,940
(四) 相続
原告らは、亡毅の両親であり、亡毅の死亡に伴い、相続により亡毅の右逸失利益の二分の一にあたる各金一七八九万六四七〇円の損害賠償請求権を取得した。
(五) 弁護士費用 各金一〇〇万円
4 よつて、原告らは被告に対し、前項の各金員の合計である各金二五七四万六四七〇円のうち、各金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年九月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認めるが、責任は争う。
3 同3(一)ないし(三)及び(五)の事実は争う。同(四)の事実は知らない。
三 抗弁
1 免責
本件事故現場は信号機により交通整理の行われている交差点であり、被告が交差点の手前四〇ないし五〇メートルの地点で青信号を確認して交差点に進入したところ、亡毅が右方道路から赤信号を無視して交差点に進入してきたため、被告が急制動をなしハンドルを左へ切つて衝突を回避しようとしたが間に合わず、加害車両右側面の前部ドア後部付近に被害車両が激突してきたものである。
したがつて、本件事故は亡毅の信号無視による一方的過失に基づくものであり、被告に過失は存しない。
また、加害車両には構造上の欠陥も機能の障害も存しないので、自賠法三条但書による免責を主張する。
2 過失相殺
仮に、被告が免責されないとしても、右の事実に照らすと、少なくとも九割の過失相殺がされるべきである。
3 弁済
原告らは自動車損害賠償責任保険から合計金一四一四万九一九二円(各金七〇七万四五九六円)の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実1、2は争い、3は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求の原因1(事故の発生)の事実及び被告が本件加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁につき判断する。
1 成立に争いのない乙第一号証及び証人須賀節郎(第一、二回)の証言によれば、本件事故現場の交差点から目測で四〇〇ないし五〇〇メートル位離れたマンシヨンの七階にいた須賀節郎は、本件事故に関し、タイヤの急ブレーキと同時位にドンという大きな音を聞いて、座つたままの姿勢で窓から音のした方向を見たところ、交差点角に加害車両が止つているのが見えたこと、その直後に一台の白い車が加害車両の進行方向と同方向(本塩方面から高浜町方面)に向けて加害車両付近を走行していくのを見て、事故現場を避けるように通過したものと思つたこと、そして、同人がすぐに双眼鏡を取つてきて再度事故現場を見たところ、被害車両が交差点付近に倒れているのが見えたこと、がそれぞれ認められる。
なお、同人の証言(第二回)中には、白い車を見た時は現場から既に二五ないし三〇メートル位通過していたのではないかと思うとの供述部分もあるが、同人の前記目撃状況から判断すると、白い車が加害車両の進行方向と同方向にその側方を通過してきた蓋然性は高いものと認められる。
2 次に、証人高橋真の証言によれば、本件事故当時市川警察署交通課に勤務していた警察官高橋真は、連絡を受けて本件事故現場に到着した後、被告の立会いで実況見分を行つたが、被告は当初から自己の進行方向の信号が青であつた旨述べていたこと、高橋真は事故現場に集まつた人の中から目撃者を探し、前記須賀節郎ほか一名から事情を聴取し、事故直後に加害車両と同方向に通過した車両があり、その後の信号も青であつたということから加害車両の進行方向の信号は事故の時は当然青ではないかという話を聞いたこと、がそれぞれ認められる。
3 そして、前掲乙第一号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、事故当初から現在まで一貫して、本件交差点の相当手前距離については五〇ないし八〇メートルと正確ではない。)の場所で自己の進行方向の信号が赤から青に変わるのを見た旨述べていること、加害車両が毎時四五ないし五〇キロメートルの速度で交差点に進入した際、右方道路から進入した被害車両を発見して急制動をなし、ハンドルを左へ切つて回避しようとしたが間に合わず、被害車両が加害車両の右側面の前部ドア後部付近に衝突したこと、がそれぞれ認められる。
4 そこで判断するに、須賀節郎の目撃した白い車が事故直後に加害車両の側方を同方向に通過したことのみでは直ちに加害車両が本件交差点に進入した時の信号が青であつたとまでは断定できないとしても、同人の目撃状況のほか、前記高橋真の証言、前掲乙第一号証及び被告本人尋問の結果を合わせ考えると、加害車両が青信号に従つて本件交差点に進入したものと推認することができる。
なお、甲第八号証ないし第一五号証及び原告本人尋問の結果中の亡毅の性格に関する供述部分のみでは本件事故当時の信号に関する反証とはならないし、他に右認定を覆すに足りる証拠もない。
そうすると、証拠上は亡毅が赤信号を無視して本件交差点に進入したことを前提として、その場合の被告の過失の有無について判断せざるを得ない。
5 前掲乙第一号証、証人高橋真の証言及び被告本人尋問の結果によれば、加害車両が進行していた道路は最高速度が毎時四〇キロメートルに規制されていたこと、事故当時早朝ではあつたが事故現場は十分明るかつたこと、被告からの本件交差点右側道路の見通しはそれほど良くはなかつたが、交差点から二〇メートル位までは見えたこと、がそれぞれ認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
そして、前記のとおり、被告は事故当時毎時四五ないし五〇キロメートルの速度で進行しており、制限速度違反をしていたことは明らかである。
以上の事実に照らすと、被告が制限速度を遵守することは勿論、交差点右側道路の車両の有無、動静に十分注意していれば、本件事故を回避する可能性があつたものといえるから、被告に過失がなかつたとは言い難い。
よつて、被告の免責の主張は失当である。
6 次に、過失相殺の点について判断する。
被告本人の供述につき、実況見分当時と本法廷における尋問時とを比較、検討すると、加害車両の進行方向の信号が赤から青に変つた時の加害車両の位置がどこであつたか、信号が青に変つてから加速したのか減速したのか、交差点に進入した時の速度はいくらか、被害車両を発見した時の被害車両の位置はどこであつたか等の点について、くい違いが見受けられる。
従つて、被告が被害車両との衝突を回避することのできる蓋然性、難易を明確に判断することはできない。
そして、このことと、前記のとおり被告に五ないし一〇キロメートルの速度達反があること、被害車両の赤信号無視という事故態様等の事実を考慮すると、本件における過失相殺率は七割と認めるのが相当である。
三 進んで、損害について判断する。
1 原告水野文幸本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡毅の葬儀を行い、葬儀費として各金三五万円以上の支出を余儀なくされたことが認められ、そのうち各金三五万円が損害と認められる。
2 慰藉料
成立に争いのない甲第二号証及び原告水野文幸本人尋問の結果によれば、原告らは一人息子である亡毅を本件事故により失い、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるところ、本件事故態様、被害感情その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は各金六〇〇万円と認めるのが相当である。
3 亡毅の逸失利益
成立に争いのない甲第四号証、第七号証、原告水野文幸本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡毅は、昭和三〇年七月一一日生まれの男子で、昭和五四年三月駒沢大学を卒業し、昭和電機工業株式会社に勤務し、昭和五五年一月から七月二七日まで(入社一年目の後半から二年目にかけての期間)に金一二六万七八〇〇円の収入を得ていたこと、本件事故がなければ、二五歳から六七歳までの四二年間就労可能であり、その間大学卒業男子のその年齢に応じた平均給与額程度の収入を得る蓋然性があつたこと、がそれぞれ認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
そこで、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・大学卒業男子の全年齢平均給与額である金四一〇万八七〇〇円を基礎とし、生活費としてそのうち五割を控除し、ライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡毅の逸失利益の死亡時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、金三五七九万二九四〇円となる。
4,108,700×(1-0.5)×17.423=35,792,940
4 相続
原告らは亡毅の両親であり、亡毅の死亡に伴い、相続により右逸失利益の二分の一にあたる各金一七八九万六四七〇円の損害賠償請求権を取得したことが認められる。
5 過失相殺
前記1、2及び4の金額を合計すると各金二四二四万六四七〇円となるところ、前記のとおり過失相殺により七割を減額すると、各金七二七万三九四一円となる。
6 損害のてん補
原告らが自動車損害賠償責任保険から各金七〇七万四五九六円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、前項の金額から右金額を控除すると、残額は各金一九万九三四五円となる。
7 弁護士費用
本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額及び認容額等に照らすと、原告らが被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は各金三万円と認めるのが相当である。
四 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、右6及び7の合計各金二二万九三四五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが訴訟手続上明らかな昭和五六年九月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)